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難しい本を読んで難しそうな文章を書いてみました。

こんにちは 四年の湯澤です。

今日の稽古には中田師範、青木先輩(H29年卒)にお越しいただきました。暑過ぎず快適な環境で、寝技の一本取りや練習試合など東京学生に向けた実践的な稽古を行うことができました。


大会まで2週間に迫り、相手を意識した乱取りをする様に心がけております。日々の乱取りの中でも、相手の得意とするパターンにさせず、相手の隙を見つけてそこから崩すということを考えながら柔道をしています。


各部員が試合に向けて順調に準備を進めていると思います。


話は変わりますが、今私はゼミでエディスペンローズの「企業成長の理論」を読んでおります。この本ですが、1990年代に出版された本であるのに、19世紀の本に思えるくらい難解です。


これまで経営学や商学に関する本はある程度読んできましたが、この本はその中でも最も理解が難しいと感じております。3年生の夏休みに読んでいて途中で挫折したアダムスミスの「国富論」と同じくらい難しく感じ、ゼミの輪読でなければ今頃諦めていることでしょう。


この2冊には同じような「難しさ」を感じます。その難しさは、大雑把にいうと筆者と自分の思考のレベルが大きく違うという感覚です。この感覚は簡単に言葉にすることはできませんが、言語化してみます。筆者がこの本を書く段階で得ていた専門知識や先行研究の情報、執筆当時学術界で共有されていた暗黙の前提や、高度な論理的思考能力などが、自分には無く、それがゆえに書いてある文字を表面上で理解することしかできていないという「難しさ」です。


そもそもこの2冊は大衆向けに書かれた本ではないですし、筆者が思考のレベルを下げて文章を書いて読者の理解を助ける必要もないと思いますので、難解なことを批判するつもりはありません。


ただこの難しい本を読んで、これまで私は、高度な思考をした筆者が思考のレベルを下げ誰でもわかるように書いた本を読んで、筆者の考えを簡単に理解して満足していたのではないかと不安になりました。これまで読んでよくわかったと感じる本は、本屋に並べられているような大衆向けの本で、厳密で詳細な議論よりわかりやすさを優先した本でした。


筋トレと同じように、自分に負荷をかけなければより難しい思考を理解することはできないはずです。「企業成長の理論」を読むことで自分の思考能力を高め、高度な学術的な議論を理解できるようになりたいと思います。


とりあえず来週のゼミに向けて次の章を読みます。


4年 湯澤

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